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【英語学習法】非帰国子女の高校生が独学で英検一級を取得した話〈第6回 東海岸への切符①〉

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【英語学習法】非帰国子女の高校生が独学で英検一級を取得した話〈第5回 未踏の峰に挑む〉

こちらの前回記事に引き続き、第6回です。

1級チャレンジの結果は……

そんなこんなの理由で、1級を受験することになった私。

歯が立たないなりに何とか準備して、本番の日を迎えました。

過去問でボーダー周辺をさまよっていただけあり、本番の試験は難航を極めます。必死でエッセイを書き、睡魔に襲われながら長文リスニングを聞き、覚えた難解な単語を必死に頭の引き出しから探しました。

そして、後日。ついに結果発表の日がやってきます。

「どうのつるぎ」、折れる

パソコンの画面にパッと現れた合否結果は、予想通り、不合格でした。

5級から準1級まで、独自の勉強法を駆使し、負け知らずで勝ち進んできた私。

そんな私にとって、1次試験敗退は初の黒星。天下の英検1級は、「どうのつるぎ」だけで勝てるほど甘くはありませんでした。

しかし、初めから勝算があったわけではありませんから、そこまでショックを受けることもありませんでした。

むしろその逆。「あと何点取れば合格できる」という目標が見えたことにより、先の見えない勉強生活に光が見えたのです。

「また受ければいい」そう思い、私は黒星の結果を受け止め、何も考えずに次回受験の申し込みを済ませます。

重大な転機が訪れる

手にしたある「切符」

そんな私に、ある転機が訪れます。

高校1年生のある日、学校であるパンフレットが配られたのです。

それは「米国高校夏季短期留学プログラム」という題名。

夏休みの期間を活かし、米国高校のサマースクールに参加するというプログラムでした。

ボーディングスクール(全寮制の学校)が行うサマースクールは、生徒が学校にいない夏の期間に行われる短期プログラム。

全米や世界各国から生徒が集まり、1か月ほど語学などの研修を受けるというものです。

「これは行くしかない」

さっそく申し込んだ私は、その後の面接などを経て、マサチューセッツ州ボストンにある名門ボーディングスクール、「フィリップス・アカデミー・アンドーバー」という所に留学することが決まります。

フィリップス・アカデミーの校舎

 

 

 

 

 

 

この高校、実はアイビー・リーグに毎年多数の生徒を送り込み、ジョージ・W・ブッシュ大統領などをはじめとした、各界の有力者を輩出する超一流の進学校。同志社大学の創立者、新島襄もここで学んだ学校です。

ボストンの街

 

 

 

 

 

 

そんな事などつゆ知らず、私は何となくの気持ちで米国に渡ります。

ちょうど世間はワールドカップ南ア大会に沸きに沸いていた、2010年の夏の事でした。

英語を話せるのは当たり前

さて、ボーディングスクールで行われるサマースクールは、寮に入寮しての共同生活です。

このプログラムには、アジアやアフリカ、ヨーロッパなど、全世界から留学生が集まっていました。

そこで何より驚いたのは、自分のの力不足でした。

私が入ったのは、数十人が生活できる「〇〇ハウス」と呼ばれる寮。校舎内には、こうした「何とかハウス」といった、人の名前の付いた寮がたくさん点在しています。

ちなみにキャンパス内には、「ダイワハウス」「セキスイハウス」はもちろん、「タマホーム」という名前の寮まであり、私は驚きを隠せませんでした。(ねーよ)

しかし、各国から集った寮のルームメイト達は皆、英語がペラペラ。韓国人や中国人ら、同じアジアの留学生もみな、普通に英語でコミュニケーションをとっていました。

そんな中、私はどうでしょうか。最初に行われる、入寮者への説明が聞き取れず、生きるのに必要な食事の場所も時間すらわからない有様。

餓死しかけた私は、スーパーに駆け込んで冷凍のハンバーガーを買い込みました。しかし、レンジがどこにあるかもわかりません。

結局凍ったままのハンバーガーをかじり、しばらく糊口をしのいだのは、惨めな思い出というほかはありません。

英検1級を受けると意気込んでいた私ですが、来てみればこの有様で、現実を思い知らされたのです。

それまでの自分を恥じる

とはいえ、英検の勉強である程度の英語運用力を培っていた私は、なんとか寮で生活をし、友達を作れるほどにまで適応していきました。

そして授業も始まります。もちろん、授業はすべて英語。

そこで私は、それまでの自分を恥じます。

1級の長文リスニングについて行けず、睡魔に襲われていた私。「こんな単語使わねえわ」と勝手に決めつけ、学習へのモチベーションを失っていた私。

けれども現地での授業はどうでしょうか。

学校のホーム・ルームや授業はもちろんすべて英語。リスニング問題のように、5分で必ず終わるわけではなく、1時間ぶっ続けの話が続く授業もあります。

たかが5分のリスニング問題で眠くなるのは結構ですが、寮のホームルームで寝ていたらメシにもありつけないのです。それが30分だろうと1時間の話だろうと、耳かっぽじって聞くほかはありません。

もう冷凍バーガーをかじるなんてゴメンです。

単語もそう。

授業ではいろんな記事や資料を読みますが、1級で「使わねえわ」と勝手に思っていた単語が出てくることも多々ありました。

先生に差されて「単語のイミを知らなかったから、わかりません」では、それで終わってしまいます。

英語が使えるのは「当たり前」

言葉が運用できる事は、その国や文化に住む人にとって最低限必要なライフライン。

逆にその能力の幅が狭まると、できること、わかることがどんどん制限されていきます。

確かに、1級の単語を覚えていなくとも、現地で「最低限の」生活をすることはできるかもしれません。リスニングが苦手でも、聞き返したら理解できるかもしれません。

しかし、それで満足していたらそれまでです。

その国の映画を見たい、新聞や本を読みたい、その国の人と議論をしたい。そう思った時、必要なのは「1級をものともしない」ような、自由な言葉の運用力だと感じたのです。

それまで勝手に限界を作り、「こんなのいらない」「使わない」と文句を言っていた自分はそこで消えました。

レベルや級の天井にとらわれず、現地で通用する、本当に必要な英語力を身に着ける。

そんな目標が、いつしか胸の中に芽生えたのです。

第7回はこちら

【英語学習法】非帰国子女の高校生が独学で英検1級を取得した話〈第7回 東海岸への切符②〉

 

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