これまでの経過
前回記事では、1級の1次試験に通過したにもかかわらず、2次試験に2度も落第した話をしました。
合計2万円以上の受験料を失った悔しさから、「リメンバー・山手」などと宣言して逆襲に燃えていた私。
けれども、問題はなぜ落ちたのか。
私はサボっていたわけではありませんでした。
過去問のトピックをかき集め、ひたすら家でスピーチを組み立てる練習をしました。
けれども、本番では緊張と焦りから、なかなか出来の良いスピーチが出来ませんでした。
ならば一体どうしたら、2次試験に通るのか。私は頭を抱えていました。
訪れたある「救い」
そんなある日。私の元に、ある方が訪ねてきました。
偉そうに「訪ねてきました」じゃありません。その方とは、私の高校の英語の先生なのです。
その先生とは、クラスの副担任をしていた、50代くらいの優しい男の先生でした。
そんな先生が私に話しかけてきた言葉とは。
「絶対に儲かる、うまい話アルヨ」
なんと、怪しい投資の勧誘でした(違います。)
先生に頂いたのが、
「面接試験で困っているなら、君の助けになりたいという人がいる。大きな挑戦をしている君を、受からせてあげたいんだ」
という言葉。
その先生は、「1級を受ける」という私の挑戦を見守ってくれていた副担の先生。
それまで前例のない、私の無謀な挑戦に、先生はこっそり目をかけて応援してくれていたのでした。
すっかり途方に暮れていた私にとって、その提案はまさに「救い」。
先生は、校内で敬虔なクリスチャンとして知られていましたが、その時私は確信しました。
「キリストの生まれ変わりがいるとしたら、きっとこの先生のことだ」
大げさでしょうか。とにかく私は、2つ返事で先生の協力をお願いすることにします。
「助けになりたい」と言ってくれた方とは、高校の英語科にいる、ネイティブの先生の事でした。
実戦経験を積むことが課題
私に声をかけてくれた、副担の先生のアドバイス。それは「実戦練習を積むこと」でした。
それまで、私の面接対策とは、家でぶつぶつスピーチをつぶやく練習だけ。
そんな練習では、本番の試験のような緊張感や「スピーチをしている」臨場感が足りません。
実戦に慣れていなければ、一発勝負の面接試験に対応できないのも納得がいきます。
「実際に人に話してみる」というのは、簡単な作業ではありません。けれどもそれは、スピーキングの練習において不可欠な過程なのです。
そんな「実際にスピーチをしてみる」という練習のため、私はある放課後、協力を申し出てくれたネイティブの先生の元へ赴きます。
その先生は、スキンヘッドの良く似合う、オランダ出身の若い先生。いかにもいい人そうな男の先生でした。
「練習ハ週2カイ。キンヨウビと、Fridayネ」(それは週1だろ)
ともかくも、私は週2回程度、先生の元で放課後に面接の特訓を受けるになります。
放課後の特訓
私はネットの海から集めてきた過去問トピックを束にして、放課後の特訓に通いました。
時間をしっかり決めて行う、実戦さながらのスピーチ。ネイティブの先生だからできる、的確な質問や発音の指導。
指摘されることすべてが、私には目から鱗でした。
会場は、執務室のそばの小さな個室。
窓の外に広がる空はまるで砂時計。千切れ雲の浮かぶ空がオレンジ色に染まり、闇に包まれるまで、特訓は続きました。
お互いの息遣い、鼓動が伝わる小さな密室で、外国人のお兄さんと2人きりのレッスン。
何が起きたかは、皆さんのご想像にお任せします。(何も起きてねえよ)
冗談はさておき、実際にネイティブの面接官役を相手にして行う特訓は、それまでの学習効率を大きく超える、非常に効果的な練習でした。
練習すること数か月。実戦練習と一人での練習を繰り返し、過去問のトピックも尽きかけた頃。
ついに、面接試験の日がやってきました。
いよいよ受験
そして迎えた2次試験日。もう絶対に落ちることは許されない、3度目の挑戦です。
会場はもちろん、神奈川県・山手。もう3度目になる聖光学院です。
ルーズベルトさながら「リメンバー・山手」と意気込んだものの、間違ってもマッカーサーの如く「アイ・シャル・リターン(私は戻ってくる)」とは言いたくありません。
戻ってきてはダメです。
私は3度目の正直を果たし、山手に別れを告げるべく、意気揚々と聖光学院に向かいました。
神に祈る
会場に着いたは良いものの、後がない苦しい状況に押しつぶされ、私は極度の緊張と不安の中にいました。
「もし落ちたらどうしよう……」「もう一度1次試験を受けることになったら諦めよう……」
次々に浮かんでくる悲観を、振り払うことが出来ません。
そんな時、待機していた教室に飾られていた一枚の肖像。
それはキリスト教の象徴、十字架を背負ったキリストの姿が描かれた、一枚の彫像でした。
私はキリスト教徒ではありませんが、極限状態にあった私は、その神々しさに目を奪われます。
無為に過ぎていく時間の中で、私は藁をもすがる思いで、その銅像に祈りました。
「お願いします……受からせてください」
そして、試験開始
番号が呼ばれ、ついに面接が始まりました。
面接官は、いかにも英国紳士といった風のイギリス人と、滑らかな英語を話す日本人のお姉さん。
柔らかな雰囲気に、緊張がすこし和らぎます。
特訓を重ね、スピーチの準備は万端。簡単な会話を終え、ついにトピックを書いた紙が渡されました。
どんなトピックがあったか定かではありませんが、私が選んだのはこのトピック。
「日本は野菜の供給を輸入に頼るべきか否か?」
一見難しそうですが、似たような(輸入・輸出うんぬんの)トピックを演習したことがあったため、迷わずこちらを選択。
さっそく「輸入に頼りすぎるのには反対」という立場で、スピーチの構築を開始します。
しかし「野菜の輸入」という、地味なトピックに対して、頭が回転を止めてしまいます。
そんな時、「野菜」と聞いて浮かんできたのはなぜか「芽キャベツ」。
キャベツをミニチュアにしたような、小さくてニクいアイツです。
「いや、芽キャベツが輸入できなくてもとくに問題ないだろ!」と自分でツッコミを入れながらも、すぐに過ちに気づきます。
準備の時間はたったの1分。短い時間で2分のスピーチを組み上げるのに、1秒の無駄も許されません。
すぐさま芽キャベツの誘惑を頭から振り払った私。
けれども無情にも、時間は刻々と過ぎていきます。
考えついたのは、「輸入された野菜には農薬など、安全上のリスクが高い」という根拠だけ。
エッセイを成立させるには、せめてもう一つの根拠が必要でした。
しかしその時、冷たい電子音のタイマーが鳴り響きます。
「始めてください」
結局私は未完成のスピーチのまま、本番に突入します。
緊迫の1分。しかし…
面接試験において、スピーチでの失敗はつまり「不合格」を意味します。
そしてスピーチの準備が不十分のまま突入した今の状況は、その三文字を意味していました。
私はスピーチの前半部分を組み立てながら、必死で後半で主張すべき根拠を探します。
そして、いよいよ1つ目の主張が終わりかけようとした、その時でした。
「カタカタ……」
目の前にあった机が、小さく音を立てはじめました。そして、その音が次第に強さを増していきます。
「ガタガタガタ……」
大地を揺るがす激しい揺れが、突然会場を襲ったのです。
それは、震度4ほどの強い地震でした。
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